昭和54年01月20日 朝の御理解



 御理解 第6節
 「目には見えぬが、神の中を分けて通りおるようなものじゃ。畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、天地金乃神の広前は世界中であるぞ。」

 昨日末永先生が、あちらの方から手紙が来ておりました。それをここへ持って来てお届けをしておりましたが、マットグロスソ教会の、吉森さんと申しますが、ビリグイの方へ先日、御礼参拝を見えたということでございます。先日から今まで、ビリグイからマットグロスソは、三日半もバスでかかる。と言ってましたけども、実は七日間かかるそうです。大変なところですねぇ。だから、サンパウロから言うと、八日間かかることになるわけでしょうね。
 勿論交通の便の悪い所ですから、ま、バスに揺られてでしょうけれども、一寸なら御礼参拝させて頂こう。と言うても八日。往復15日掛るという事にのなります、けれどもそのどこへ行っておっても、生神金光大神天地金乃神をお唱えするところに、そこに生神金光大神お取次ぎの働きが起っておる。という事実ですね。成程今日の御理解から言うならば、天地は世界此方のお広前は世界中じゃ。と仰る遠い近いもない。ね。そこに金光大神のみ名をさせて頂くところに、金光大神取次ぎの働きが始まる。ね。
 私は畑で肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、ね。神の中を分けて通りおるようなものじゃ。というその一切にわたっての神の実感というか、ね。それが世界中に広がっていくというね、だからその世界中に広がっていく手立てになる教えがいる。と思うんです。ね。いうならば、世界中のどこの人にでも、ね。色が黒かろうが黄かろうが、白かろうが、どこへ行っても通用する御教えがいる。と思うんです。ね。同時に助かられる、いうなら普遍性に富んだものでなからなければならない。ということです。
 そういう意味で日々、私共が稽古させて頂いておる合楽理念は大した教えだ。ということが分かります。いや教祖金光大神の教えられた事をです。ね。が大した事でもあると同時に、その金光大神の教えられた、その生粋とでも言う、いうなら合楽理念は、ね。もうどこの地に行っても、どういう人に行っても、ね。納得してもらえれる、私は説き方が、合楽理念はしてあると思うです。偏見がないね。ここの国では通用するだろうけれども、この国では通用しない。と言う様なものではない。
 それを私共が頂きちがえますと、どこへ持って行っても通用する。ということにならないようなふうに、曲げてしまう。ね。今昨日から今度の、中近畿での三日間の私のお話しを、本にしようというので、四、五人の先生が、それに今取り組んでおります。それでなら合楽の先生がこういう話しをしておるが、こういう話しはここを分かってもらいたい、こういう話しは、ここんところを知ってもらいたい。というそのところを今、研究しておるわけなんです。ね。
 例えば、中近畿サンケイホ-ルでの講演会の、一時間二十分にわたるお話しですけども、それを五つか六つかに、こ、切って頂きますと。それがはっきり分かってくるんです。例えば今、あの教団で手続関係、ということを大変重んじるのです。ところがこういう事を重んじる事は、ま、悪いことではないけれども、どこの国に持って行っても良い。という事にはならんのです。その証拠には、例えば本部が言っておるじゃないですか。南米での布教は、ね。
 もうよかごとやって下さい。ち。あちらであなたのお子さんが出来られたら、も、そこで教師にして教会にしてもいいですよ。と言っておるじゃないですか。ね。それを南米だけでじゃなくて、日本内地ででも、日本国全体の上においても、そういうあり方にならなければ、金光教は小さくこまくなってしまうです。ね。手が届かんところは、もう、あんたがよかごつやって下さい。とね。南米にいわゆる、金光教南米本部を作ってもいいですよ。と言わんばかりの言い方です。
 手の届くところだけは、もう大変なその、いうならば、規則をつくったり、ね。致していわば、まずまず金光教を窮屈なところにおいてしまって、それこそ盆栽に入れた植木のように、も、これ以上は太られん。と言う様な感じにしてしまうね。本当にそういう意味で合楽理念を聞いております、見ております。ともうそれこそ自然に、それこそ大地にどっかり根を下ろして、も、限りなく大きくなられるように説いてあるです。例えば食物訓一つでもそうです。ね。
 「食物は人の生命のために、天地の神が造り与えたものぞ」と、教祖はおっしゃっておられるから。ね。命のために頂けよ。とこう言っておるんです。ね。だからもう、いうならば、食べかけやらは勿体ない。お茶でゆすいで頂かなんならん。と例えば言う様な事は。たとえば、アメリカやら中国やらでは通用しない。もうそれを聞いただけで、金光教は小さい。と言うでしょう。ところが、合楽理念をもってすると、命のために頂けよ。という教えておるです。
 だから命のために頂くのですから、やっぱり感謝せずにおられませんもんね。これはま、そういうふうに頂きますという事でありますね。例えば、手続きなんかの場合でもそうです。ね。中近畿のお話しの中に、富永先生のお話しが出てくる。全然手続きも違えば関係もないのだけれども、もうギリギリの、いよいよ助かりのために、当時の椛目に見えた。おかげで、これよりひどい教会はなかろう。と言った様な教会に、いうなら、御非礼が立ちはじめた。して今日のおかげを段々頂いておられる。ね。
 勿論、合楽に一心の信心をもって夫婦の方達が、また、信者一同が合楽に通って信心の稽古をしておる。ね。それでいてそれでも手続きの親教会に、は今まで出来なかったような御用も出来る程しのおかげを頂いておる。という話しをしております。ね。もう今までの金光教であったら、そげなこつしよったらおかげを落とす。手続きを間違とりゃせんか、親を何と思たか。と言った様な事になってくるところを、も、それを一掃して行く。ね。信心が分かれば、ね。
 手続きの御用なら手続きの御用でも、大事にせずにはおられんのが信心である。ね。と言う様に、いうならば、合楽理念は、ね、成程世界を広前として、ね、世界中をお広前として、どこの国どこの人にでも、ね、通用するだけででなくて、そこに助かる事が出来れる働きをもっておるのが、金光教の信心ですけれども、その金光教を自らが小さくしておる。というのが現在の金光教。ね。だから、ますます小さくなっていってしまう。ね。それでいて、どういう事になるかというと。
 それこそ道を歩いておろうが肥をかけておろうが、神の中を分けて通り居る様なものじゃというね。そういう実感をもね。養いながら世界中が広前である。という天地に立っての信心の稽古私共が頂いておる。いわば合楽の信心とは、そういう普遍性に富んでおるだけではなくてね。事実んならビリグイで又はマットグロスソで、ね。黒人もなからなければ白人もなければ、黄色人種もない日本人もない。皆総て助かる事が出来れる働きを実証しておるね。そこで私共やはりその実証者にならなければならない。ね。
 昨日宮崎先生が、正月から出て見えとりませんでしたから、ま、正月の挨拶かたがた、御礼参拝して見えられました。ま、一緒にいろいろお話しをした事でしたけれどもね、も、組織というものはね、作ったんじゃだめだと窮屈にになる。組織というものは、出来るもんでなからにゃいけないよ。と言うてま話したことでした。ね。合楽のは作るのではなくて自ずと出来てきよるんだ。こういうところも、いわば合楽理念を根本にした行き方。ね。なら南米なら南米にもおそらく、いうならば組織が、ね。
 作るのじゃなくて、段々出来てくるでしょう。ね。そして、いうならビリグイが南米、金光教南米本部。というようになって、沢山の、なら、南米中のいうならば、出社がある。ね。そこに、こう、ま、そういう働き。ね。やっぱり、なからなければいけません。けども、それは作るのではなくて、出来てくるところの道でなからなければ、いうなら、それを小さくしてしまう。ね。
 お互い日々ね。もう本当に土の性根で、水の心でと言う様な信心はもう、それこそ微に入り細にわたって肥をかけておろうが、道を歩いておろうが、生神金光大神のお取次ぎをここに実感するし、天地の親神様の、いうならば働きを実感する。それこそ水の中に手をつっこめば冷たい。と、こう感じるように神様を感じていく行き方が今の合楽で言う、土の心になり、水の心になる。という事である。ね。そういういうならば信心を土台にして、私共が頂いておる信心は、世界中に和賀心時代を創って行こう。
 世界中に十三日会の信心を広げていこう。と。私はこの、和賀心時代を世界に、十三日会を世界に。という事を、何とか世界中の人にもっと分かりやすく、もっと合点がいくように伝える方法はないだろうか。という事をしきりに思わせて、ま、頂いておるんですけども。今中近畿でのお話し、青年教師に対するお話し、公開講演でしたお話しを、こ、まとめてみるとです、何かそう言う様なものが、出来るような気がするんです。それに説明を加えていったら。ね。
 もっともっと、世界中のどこへもって行っても、いうならば助かる事の出来れる金光教祖の信心を私共が、いうなら、実証者となって、体験をもって伝えていくいけれる、一つ信心を現わしていきたい。というふうに思います。今日は世界中が広前だと仰る事と同時に、その内容はね、それこそいよいよ土の信心、水の信心に極まった。と言われる、そういう信心こそが、それこそ畑で肥をかけておっても、道を歩いておっても、神をここに実感する事の出来れる。というふうに、ま、聞いて頂きました。
   どうぞ。                           
 今度伊万里と山口支部の共励会がありますけども、私は山口支部は今度、厚狭教会長先生を永田先生が導いて参っておられましたから、あのも近いとこかと思いよったんです。そしたらなんの、永田先生ところも、西市教会もずいぶん、私一遍参りましたが、遠かったけども、それよりかまあだ、その遠いところでね、山をいくつも越えて日本海の側の方らしいんですよ。あの支部長の浅野さんの住んでおられるところは。
 これはまぁえらい遠いところに。けどもそういう所にでも、なら合楽の、今度先生方が月に一遍、それから永田先生ところで一回十三日会を。と言う様な働きがおこっております。まだねそう言いよろけども実際は、いうならばそれこそ、あの南米の話しも致しましたような、ね。もうどういう僻地(へきち)、どういうところに行っても、こう広がって行けれる内容を持っておるのが、合楽理念ですよ。
   どうぞ。